発狂する四月

のどかな陽光を浴びながら、荒んだこころは発狂する。

なにをしても嘘っぽく、

なにをしても本当から離れてゆく。

沈んだものは、浮かびはしない。

湖面に浮かぶ葉を下から眺めながら、ぼんやりと考える。

浮かぶには私のこころはあまりに重すぎる。

浮かぶには私の悲しみはあまりに重すぎる。

このまま底に沈んだままなら、こころを殺して軽くなろう。

でも、それも嘘っぽい。

私がこうして底に留まっているのは、本当のことを妄信的に追いかけてきた報いなのだ。

本当が真実であるのと同様に嘘もまた真実である。

私が現在いる場所、それは私が望んで来た場所なのか?

私が望んだこととは何か?

なにもわからない。考えたことすらないのだ。

私にわからないことは、他の誰にもわからない。

私が私であることと、他の誰かが誰かであること。自我と自我のぶつかり合い。浮き沈み。幸福と悲劇に翻弄され、本当と嘘を恨む。なにも確かなことなどないのに、確かさを求め、不明瞭な景色を見落とす。確かさの追及。それが幸福であることへの近道だとすると、私はずいぶん遠回りをした。私は霞んだ世界に産まれ、靄を吸い込みながら生きてきた。私にかかった靄は晴れることなどなく、いついつまでも私を覆う。感情の起伏と底なしの空腹感に惑わされながら時が経つのを待つばかり。靄の中では何も見えない。嘘も本当もわからない。幸せも不幸もわからない。私の存在もはっきりしなくて、時間というものが、なんとなく識別できる程度の脳ミソになにがわかるのだろう。ここに居たくない。ここにいることが間違いではないのか。私のこころがそう言う。


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