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最近観た映画とか、読んだ本とか

【映画】

デビル(ジョン・エリック・ドゥードル)
スペル(サム・ライミ)
MIDNIGHT MEAT TRAIN(北村龍平)
天使(エルンスト・ルビッチ)
ロイヤル・スキャンダル(エルンスト・ルビッチ)
ハプニング(M・ナイト・シャマラン)
ヘイル、シーザー!(コーエン兄弟)
アノマリサ(チャーリー・カウフマン)
やくざ戦争 日本の首領(中島貞夫)
モンスターズ(ギャレス・エドワーズ)
カサブランカ(マイケル・カーチス)
タイタンの戦い(ルイ・レテリエ)
アルビノ(亀井亨)
ある優しき殺人者の記録(白石晃士)
ピンクのカーテン(上垣保朗)
赫い髪の女(神代辰巳)
人妻集団暴行致死事件(田中登)
アンテナ(熊切和嘉)
私の男(熊切和嘉)
の・ようなもの(森田芳光)
ワールド・ウォーZ(マーク・フォースター)
リアリズムの宿(山下敦弘)

 

【本】

映像と言語(近藤耕人)

適切な世界の適切ならざる私(文月悠光)

ざらざら(川上弘美)

 

 

発狂する四月

のどかな陽光を浴びながら、荒んだこころは発狂する。

なにをしても嘘っぽく、

なにをしても本当から離れてゆく。

沈んだものは、浮かびはしない。

湖面に浮かぶ葉を下から眺めながら、ぼんやりと考える。

浮かぶには私のこころはあまりに重すぎる。

浮かぶには私の悲しみはあまりに重すぎる。

このまま底に沈んだままなら、こころを殺して軽くなろう。

でも、それも嘘っぽい。

私がこうして底に留まっているのは、本当のことを妄信的に追いかけてきた報いなのだ。

本当が真実であるのと同様に嘘もまた真実である。

私が現在いる場所、それは私が望んで来た場所なのか?

私が望んだこととは何か?

なにもわからない。考えたことすらないのだ。

私にわからないことは、他の誰にもわからない。

私が私であることと、他の誰かが誰かであること。自我と自我のぶつかり合い。浮き沈み。幸福と悲劇に翻弄され、本当と嘘を恨む。なにも確かなことなどないのに、確かさを求め、不明瞭な景色を見落とす。確かさの追及。それが幸福であることへの近道だとすると、私はずいぶん遠回りをした。私は霞んだ世界に産まれ、靄を吸い込みながら生きてきた。私にかかった靄は晴れることなどなく、いついつまでも私を覆う。感情の起伏と底なしの空腹感に惑わされながら時が経つのを待つばかり。靄の中では何も見えない。嘘も本当もわからない。幸せも不幸もわからない。私の存在もはっきりしなくて、時間というものが、なんとなく識別できる程度の脳ミソになにがわかるのだろう。ここに居たくない。ここにいることが間違いではないのか。私のこころがそう言う。


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ベンチに座る

どこか知らない土地の原っぱなんか見えるベンチに腰をおろし、静かに笑っている僕の目には何が映っている?

どこから来たのか、目の前を車が通りすぎ、子どもたちの陽気な声が聞こえてくる。

雲の動きに業を煮やした鳥たちは一斉に空を旋回し、草木はそれを笑うように涼しげな音をたてる。

自分がここにいることが、どうしても理解できなくて、五感を刺激する一切を拒絶してみたくなったり…。

自分がここにいることを認めてもらいたくて、煙草を吹かし、緩んだネクタイを整えたり…。

何をしても夢見心地で。

何をしても苦しいだけ。

不確かな時間の経過だけに己の一切を囚われ、身動きができずに、ベンチにもたれている僕を笑ってください。

頭ばかりが、考えばかりが動き回って、肝心の手足は、事切れた蛇のように、だらりとベンチからはみ出して。

乾いた頬に涙なんかが垂れて、このまま消えたらどんなに楽だろうなんて。

鞄は既にベンチと同化し、僕の腰も次第にベンチになりつつある。

一度でいいから、こんなのんびりとしたところで思い切り叫んでみたい。

僕の苦しみを伝えたい。

この、平穏な景色に。

でも、僕には叫ぶ元気も勇気もなく、ただ、だらりとベンチに同化するのを待つばかり。

僕が見ているものは、いったいなんなのだ?

きっと、誰かが見てくれていると思うのは間違いで、誰もあなたになんか興味ない。

あなたが誰かに何かを与えようと、誰もあなたに与えてはくれない。

あなたには価値がありますか?

誰かを愛し、誰かから愛される価値はありますか?

ないでしょう?

それならば、さっさと諦めるといい。

あなたに価値がないように、この世界にもあなたが求めるような価値はない。

あなたがいても、いなくても、何も変わらない。ただ、時は流れ、季節は巡る。そこにあなたの存在は無意味なものです…。

あなたは自身を社会を構成する要素であると思っていましたか?違います。

あなたは社会に属してはいるが、構成はしていない。あなたはそのことを理解していたはずなのに、認めようとはしなかった。あなたの意志の弱さがただ、この世界にあなたの肉体を繋ぎ止めていただけに過ぎない。

あなたは、木々を花々を見て美しいと思うが、木々や花々はあなたを醜悪な物質と捉え、恐れおののく。あなたは芸術を愛すが、芸術はあなたを愛さない。

世界とあなたに生じるすれ違いこそが、あなたがあなたである確固たる証拠であり、あなたがここにはいてはいけない根拠でもある。

あなたがあなたとしていたいのならば、今すぐ肉体を捨て、今すぐこの世と断絶しなさい。

あなたがこの世に居座る理由なんて何一つないのです。

 


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詩といふもの

葡萄に種子があるやうに

私の胸に悲しみがある

 

青い葡萄が

酒に成るやうに

私の胸の悲しみよ

喜びに成れ

(高見順/葡萄に種子があるやうに「樹木派」より)

極めて幼稚な…

いつまでも生きていくなんて、そんなことはあり得ないので、人はいつ来るかわからない終わりのことをぼんやり想像したりします。

 想像したってわかるはずないのに、私たちは終わりというものがどんなものか、勝手に妄想し、勝手に納得するのでしょう。人生というものの終わり、生命というものの終わり。それを考えて何になるのでしょう。

寂しいだけです。いつくるかわからない恐怖に震えて眠るより、いっそのこと自分で好きなタイミングで終わらせてやろう。そんなことが頭に過ったり…。

考えても、考えても、答えはでないし、その過程には何の生産性もなく、極めてプリミティブなものであると言えます。幼稚な…。極めて、幼稚な…。

僕らは幼稚であります。僕らは大人である以前に人間であり、一つの生命体です。生命というものは幼稚で、脆く、とても儚いものであります。極めてプリミティブなことであることこそが本質ではないでしょうか。

人間、真理を求めて、何を得たのでしょう?

人間、正しさを求めて、何を得たのでしょう?

人間、高尚を求めて、何を得たのでしょう?

終わりを想像するというのは生命の一切がプリミティブであるということを認める行為なのです。それが正しくとも間違っていようとも…。

目玉焼きにストローク

二十日鼠の身体をまさぐり終えると、私は24時発の電車に乗った。新橋から知らない土地へ。カモシカを撃った戦闘機のように、夜空の星を見上げると、星は笑い、私もつられて笑った。言わんこっちゃない。そんな目をするからネクタイが曲がり始めるんだ。流血する腹を押さえながらカモシカは言う。私はお前に言われたくないと言う。これだから人間というやつは。カモシカは優先席に寝転がると、つり革を睨み付けながら、軽やかな調子でインターナショナルを唄いだした。

起て飢えたる者よ 今ぞ日は近し
醒めよ我が同胞 暁は来ぬ
暴虐の鎖 断つ日 旗は血に燃えて
海を隔てつ我等 腕結びゆく
いざ闘わん いざ 奮い立て いざ
あぁ インターナショナル 我等がもの
いざ闘わん いざ 奮い立て いざ
あぁ インターナショナル 我等がもの

 

新橋を離れて、半月が経った。

私は既に死に絶えたカモシカを担ぎ、電車を降りた。私の眼前には素晴らしい景色が広がっていた。二十日鼠の身体をまさぐっていたことが懐かしく感じるほどに美しい景色だった。空には奇形の雲が居心地の悪そうな様子で佇んでいた。なあ、君の身体はおもしろい。私にもっとよく見せてくれないかい。私は雲の鼻を掴むと、力任せに引っ張った。すると、雲の鼻はたちまち足となり、この世に存在する全ての喜びの魂となった。くそったれ!気に食わねえ。その足をしまえ!おめえの足はそこにあるはずがねえんだよ!雲は軽くダンスをして緩やかに去っていった。私は、ふいに本棚のことを思い出した。ああ、そうだった。本棚には本なんてはいっていなかった。私の本棚には本なんてはいっていない!それなのに、雲は足を生やしてダンスを踊りやがる。興奮した私はケツから卵を生み、空へ投げつけた。太陽にぶつかって割れた卵は、たちまち目玉焼きとなり、この世のものとは思えない声をあげて、死んでいった。